春の音

– 大地の目覚め –

春の音 – 大地の目覚め –

ニセコ樺山の里には雪がしんしんと降りながらも、
2月に感じることは、陽の光がやわらかくあたたかくなってきたことだ。
雪景色は、すべてのものが眠りについているような世界でも、野生動物はたくましく生きている。大地の中では野菜たちがゆっくりと蓄えた力で目覚めようとしているのだ。
極寒の地で生きる命たちが、ささやかに春を知らせている。
その足音に耳を澄ませ、料理へと紡ぎ上げる一皿だ。

「洞爺湖産無農薬玉ねぎのすり流し汁」

この日、手に入れた玉ねぎは洞爺湖産の「ウルフ」だった。春に種を蒔いて8月~10月に収穫されたもので、数か月間、貯蔵することにより適度に水分が抜けて旨味が凝縮し、甘さとコクが際立つ。このウルフは、生産者が、昨年初めて無農薬栽培を実現した希少な玉ねぎだ。玉ねぎはもともと害虫や病気に弱く、農薬無しで栽培するのは非常に難しいとされている。しかし、安心・安全を探求してきた洞爺湖の生産者が、長年、努力を重ね無農薬栽培を成功させたのだ。そんな生産者の想いを受け取るとインスピレーションが湧いてくると料理長は言う。皮ごとゆっくりと焼き甘みが増したら、たっぷりとすりおろし、昆布とかつお出汁で汁物に仕立てていく。
椀種には2月に旬を迎える小樽産のニシンを合わせた。小樽周辺ではかつて「春告魚(はるつげうお)」とも呼ばれていた春の魚なのだ。丸々と太ったニシンは炭火で余分な脂を抜きながら香ばしく焼き上げ、ニセコ産の野菜と数の子で作ったけんちん豆腐、素揚げのカリフラワーも添えてある。
ニシンはふっくらと柔らかく、脂の乗りも抜群。けんちん豆腐は数の子のプチプチとした歯ごたえも楽しい。揚げたカリフラワーの香ばしさが食感のアクセントを奏でる。それぞれの個性的な存在が、玉ねぎのすり流し全体を見事にまとめている。粒が残った玉ねぎの汁は雪解けのみぞれのように春を感じさせてくれた。

「美瑛産鹿肉のかぼちゃまんじゅう」

蒸し物には、蝦夷鹿だ。ジビエの苦手さを遠ざけるくらい食べやすい。蝦夷鹿とかぼちゃを組み合わせた料理は数多くあるが、日本料理として仕上げるとまた味わいが深い。鹿肉はロース肉を粗ひき肉にしてネギやショウガの香味野菜と醤油で味を調えておく。かぼちゃのマッシュで包み込んで蒸し上げ、熱々のあんをかけた。かぼちゃは北海道産の「ダークホース」という品種で皮の色が濃く、中は鮮やかなオレンジ色。甘さも際立っている。ダークな皮の色からは想像もつかないおいしさからその名がつけられたと言われている。
滑らかで濃厚、自然な甘みが感じられるかぼちゃと、臭みが全くないが蝦夷鹿と、食材自体の魅力を存分に味わえる。

降り積もった雪が舞い上がらせると、ひと風ごとに春の足音が聴こえるようだ。
2メートルは積もっている雪と、空からのやさしい陽。
北海道らしいコントラストが美しい2月だ。

ライター 吉田 弥生 / フォトグラファー 榊山 元

日本料理 入舟 料理長
田安 透 Toru Tayasu

日本料理の生命線である出汁を大切にしつつ、素材の持ち味を引き立て仕上げることを日々、大切にしております。生産者が大事に育てあげた食材への想いを、料理を通して表現し、お客様に届けたいと思っております。

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    2月4日に立春を迎えました。
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  • 文月2021/07/09

    ニセコは一気に緑が深くなってきた。
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  • 太始2020/12/01

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